1990年代後半にアメリカ、デトロイトを仕事で訪れました。 

何の仕事で訪れたのかですか? まぁあ、それ程はヤバイ仕事ではありません。 

当時の日本で入手困難だったマテリアルを北米でゲットする、そんな仕事の一環でした。 

デトロイトがアメリカ最大の車生産拠点であり、1950年代から1970年代後半まで長く人も町も潤っていた、そう現地の人達にも聞きました。 

でも&しかし、1970年代後半から日本車攻勢によりアメ車販売台数は半減となりました。 

そんな当時の日本車が、アメリカ最大の車生産地デトロイトで何をどう言われたお伝えします。 

そうすれば、改めて日本車の何がどう良いのかが分かるかもしれません。 

最近なら、中国人達が囁く日本車の悪口!?も知っています。 

読み時間2分以内です。

ロックシティ、デトロイトでの攻撃(口撃)とは何か?

仕事関係者達とスポーツバーで飲んでいると(ディナー前のお酒)、カウンター真横の人にこう言われました。 お前は日本人なんだろう? 

「俺たちの町(デトロイト)は昔からずうっと栄えてきたのに、車産業で潤っていたのに、日本車が入ってきた頃からは全然ダメさ!」 

「GM含め大手メーカーがどんどん撤退、そして関連会社含めどれだけの労働者が職を失くしたか知れないくらいだ。」 

当時の私の頭には、こんな言葉が浮かんでいましたが言いませんでした、それは; 

日本車が安くて優秀で壊れないからアメリカ人に売れたんだろう」、です。 

でも、実際は、アメリカを知る度に少し考えが変化するようになった自分がありました。

アメ車なら事故でも死なないの意味とは何か?

昔のアメ車はでかくて重くて頑丈でした、どのメーカーのどの車種も同様です。 

理由は、アメリカが巨大産油国なこともありガソリンが世界的に一番安い!?それもあったでしょう。 

だから、アメ車は、アメリカ人は車に良い燃費など求めません、気にもしませんでした。 

でも&しかし、オイルショック原因となった1978年の中東戦争、更にアメリカ経済成長と伴に生産コスト上昇し続けるガソリン価格、それによって車状況も徐々に変化していきました。 

つまり、オイルショックに限らず、様々な経済要因で失職したり、転職でも給料が下がっていく、アメリカ! もう昔の様な超右肩上がりのアメリカ経済ではない、それです。 

日本車は丁度その頃の状況を見透かしたようにアメリカでブレイクしました。 

次からは、少し意外なアメリカでの日本車ブレイク要因についてお話してしていきます。

日本車が安くて燃費が良いと言われた理由は何か?

1970年代交換から80年代の日本車がどれだけ進んでいたか、普通だったのか、それは知りません。 

でも、安いと言われた理由は為替レートにもよります、以下; 

「1ドルの為替レートは1979年に約280円台、そして1980年は約250円など超円安でした。 

従って、トヨタ輸出価格1万ドルの車は、当時のアメリカで300百万円(単純計算にて)にも満たない安い車となります。 

どうして当時の300百万円が安いのかと言えば、アメリカ人にとって1ドルは1ドルの価値でしかない、だからです。※現地では1ドル=100円、

その感覚(価値観)は昔も今も同じです。 

もし月給2000ドルの人なら、1万ドルの車は給料5ヶ月分ほどでしかない、そうなります。 

それを当時の日本人の給料13万円に置き換えれば約520ドルでしかない、それ程に円安だったんです。 つまり、当時のアメリカ人平均収入からすれば、超円安もあり激安の日本車だった激安だから人気があった、その論理になります。 」

次は、当時の日本車性能が良かったのか、どうなのか? それをお伝えします。

アメリカ人は日本車のどこを認めたなか?

こんな質問が聞こえた気がします。 

燃費が良いから日本車は売れたんだろう」、がそれです。 

実は、燃費どこうで当時のアメリカで日本車が売れたのではありません。※在米生活が長かったか知人からも聞いています。 

当時アメリカでのガソリン価格は、1ガロン(約3.8リットル)が50セントだったんです。

アメリカはガロン単位の販売価格 ガロンを1リットル換算にすれば(当時の1ドル=約250円として)、日本円では数十円以下でした。 

1978年は中東戦争(オイルショック)により、1ガロン(約3.8リットル)が倍の1ドルに跳ね上がったそうですが、それでも1リットルなら日本円で50円程度でしょう。 そんなに安いガソリンだったので、アメリカ人は車燃費がどうのこうのはあまり気にしていなかった、それが歴史の真実なんです。※1980年前後の状況にて 

結果、アメリカ人が求めていたのは、日本車に限らず安くて良く走る車、そうなります。※故障し難いもあったでしょう。 

これは知人からも聞きましたが、1978年のオイルショック頃から米国経済と国民生活に大きな変化が始まったそうです。 

つまり、アメリカ生活の基本であるガソリン価格が倍に上がり、多数の企業倒産もあって良い仕事には有り付けない。 

仕方なく生活コスト下げる為もあって、少しでも安い日本車などにシフトしていった、、それが現実です。 

そんな車シフト(アメ車から日本車他)するアメリカ人の多くは経済弱者、経済ショックに耐えられない貧しい人達であった、それを教えてもらいました。 

だ・か・ら、1990年代に訪れたアメリカで嫌味の1つ2つ3つなど受けた私だったんでしょう。 

まとめ前に、最近に知った中国人の日本車評価です。

ナント中国人の日本車評価が最低なのか?

中国人の日本車評は「直ぐに凹む、ボディが弱すぎる」、それです。 我々からすると、そうかなぁああ、でも、、大陸人=中国人は違います。 

と、言うことは、同じ大陸国家であるアメリカ人も同じことを言うはずですが? 

実は、私がで住んでいアメリカでも、近所の叔母さんから同じ様なことを言われていました。 

「前に乗っていたフォードなら少し当てても何も無かったのに、日本車(NISSAN)にしたらら、ちょっと当てても凹むなんて。」 

日本車はスグに凹んでしまうのね?」、それです。 

んな車メーカー毎のボディ鋼板厚さは知らなくても、日本車は安くて燃費も良い、でもボディが凹みやすい&傷つきやすいは、世界的なイメージにあるようです。 

では、最終結論踏まえた内容をまとめでお伝えします。

車の町デトロイトで受けたキツイ攻撃(口撃)!車の学びは何だったのか?:まとめ

日本人は昔から自国の良い歴史しか教えられていません。 

でも&しかし、日本車が高性能だから1970年代後半からアメリカで爆発的ヒットした訳ではありません、 ヒット理由は当時の超円安(ドル高)による激安価格、壊れにくい、そして最後に来るのが燃費が良い、そんな売れ順位となります。 

ちなみに、ボディが弱い、薄い、凹みやすいがどう評価されているのかは不明です。 あと、知人はこうも話してくれました。 

1950年代や1960年代は日本車=欠陥品の代名詞の様にアメリカで言われていた」、それです。

昔に多くあった日本車メーカーは、アメリカやドイツからサンプル車を輸入し研究し続けた、それが今のトヨタであり、日産であり、ホンダである訳です。 

それもあって、日本車=欠陥品と言われ続けた時代を生き抜いた、研究し続けた日本車はスーパーサイヤ人に大変身を遂げた、そうなります。 

本日も最後までお読み頂き、ありがとうございました。 

また、「探し物スリー!」でお会いしましょう。